3Dとの出会い

1984年~1988年の5年間

主人の転勤に伴い二人の子供(当時4歳と1歳)とともにミシガン州とカリフォルニア州に暮らすことになりました

その時出会った3Dピクチャーは帰国後の私の人生を変えるすばらしいアートでした

このページでは開高悦子の3Dピクチャーのルーツとともにアメリカで経験したエピソードなどを皆様にご紹介したいと思います

少しの間お付き合いくだされば幸いです・・・

3D ピクチャー カリフォルニア会
開高 悦子

ミシガン編(2)

ポリースマン : この死んでしまった鹿ですが、お持ち帰りになリますか?
Aさん     : いいえ、処分が大変なのでいらないのですが・・・・
ポリースマン : 私にいただけますか?
Aさん     : どうぞ、どうぞ、ところでどうされるのですか?
ポリースマン : 鹿はおいしいのでこの冬のご馳走として解体し冷凍庫にいれ皆で食べるのですよ・・・・・     
と嬉しそうに話して引き上げていったそうです。
ある時、Katyのすすめでグリーンビルから1時間程のRock Ford(ロックフォード)というアイルランド人の開拓村に行きました。
そこで私は不思議な3次元の絵に遭遇します。
アンティークな虫食いの額のなかにはオランダの偉大な画家アントン・ペックの立体的な絵が飾られており、何故だか絵から離れられずに釘付けにされてしまったのです。
これが私と3Dピクチャーとの始めての出会いです。
どうやって創るのかしらという素朴な疑問はもったものの、この立体的な絵が後々私のライフワークになるとは誰が想像したでしょうか・・・
夏になるとケイティーからは英語のレッスンの他、色々な情報を教えてもらい
農家に直接野菜や果物を買い付けに行くこともできるようになりました。
取立ての甘くておいしいとうもろこしが1本10円で、また日本で買ったら目が飛び出るほど高いメロンが1個200円で手に入るのですからたまりませんでした。
日本から友達が1ヶ月間泊まりに来た事がありますが、やはりこの取立て野菜と果物の味が忘れられなかったと言っております。
ミシガンに遊びに来てくれた親戚や友人はみんな太って日本に帰っていったのは言うまでもありません。
アメリカの田舎のよさを思う存分味わったミシガンでのひとこまでした。 
Katyファミリーとの一枚
Katyファミリーとの一枚
グリーンビルでの3度目の冬を前に主人に転勤命令がおり、カリフォルニア州サンフランシスコの郊外に移ることになりました。
引越しの日、Katyは手作りのチョコレートケーキを差し入れにやってきました。
私たちは別れの時間が刻々と迫っているのに二人とも別れの挨拶ができず"Good bye"がどうしても言えないのです。
みかねた主人から"行くよ!"と言われると、こらえていた悲しみに耐え切れずにどちらともなく抱き合い
涙でぐしゃぐしゃになりながらも "I never  forget you"を繰り返し繰り返しグリーンビルを後にしたのです。
人生の中ではたくさんの出会いと別れがありますが、アメリカの文化や伝統行事(ハロウィーン・感謝祭・クリスマス・復活祭etc)のやり方を私に教えてくれ、いつも行動をともにしてくれた姉のようなKatyのことを私は生涯忘れることはないでしょう・・・。
2年半を過ごしたグリーンビルからは自然の厳しさと春を待ちわびる思いを体験し、また日本人である私たちを暖かく受け入れ親切にしてくれた町の人々、そして子供たちに特別の英語の教育を行って下さった教育関係の方々を通じ、大国アメリカの懐の広さに改めて感謝した次第です。
 (・・・続く)

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